認知症の高齢者とコミュニケーションを図りたい、その方をもっと知りたい、心の交流を深めたい ―今、介護の現場では認知症ケアの質の向上を目ざしたさまざまな取り組みが試みられています。その中で注目を集めているのが、認知症の高齢者とのコミュニケーション法「バリデーション」です。アメリカで生まれたこの介護法は、スウェーデンの現場にもいち早く取り入れられ、着実に成果を上げています。
食堂の席につくなり、「私は死んでるのよ」とグレータ。「やだ、グレータ。どうしたっていうの?」、バリデーションの研修を受けている准看護師のカーリン・アンデションが応えます。
「私の命を奪ったのはこのおかゆなの」
「じゃあ、死んでいるってどんな感じ?」
「別にどうってことないわ。いつもと同じよ」
カーリンはグレータを抱きしめ、しばらくそのままじっとしています。そしてやさしく語りかけます。
「今、私とあなたはここに座っておしゃべりしてるでしょ。なのにあなたは死んでいるの?」
するとグレータが笑いながらこう応えます。
「あなたは死んじゃった人と話してるの? それじゃあ、あんまり大した話にはならないわね」
認知症の患者とバリデーションの知識をもった介護者との間で交わされる会話は、大体こんな具合に進みます。「おかしな内容でしょう。認知症患者が暮らす施設では、時に非現実的な世界が展開されるの。高齢者と生活を共にしている私たちには、いっしょに笑う権利があるんですよ」とカーリンは言います。
「バリデーション」は、アルツハイマー型認知症や類似の認知症と診断された高齢者とよりよいコミュニケーションを行うためのセラピーの一つです。アメリカ人のソーシャルワーカー修士、ナオミ・フェイル女史の長年の実践・経験から生まれたこの介護法は、アメリカや北欧の介護・福祉現場を中心に広まり、現在日本でも注目されています。バリデーションの基本は、認知症の高齢者に対し、「尊敬と共感」をもって関わることです。
ここに、椅子に腰かけ、既に亡くなっているお母さんの名前を呼んでいる高齢者がいます。あなたならどのように話しかけますか? バリデーションの研修を受けた介護者の声のかけ方は次のようになります。
「何だか寂しそうね」
「お母さんに会いたいの?」
「お母さんは何ていう名前だったの?」
「お母さんはどんな人だった? どんな顔立ちをしていたの?」
「どんな時にお母さんのことが懐かしくなるの?」
「お母さんがよくやってくれたことで、私ができることは何かあるかしら?」
こうした会話をしばらく続けることで高齢者の不安は徐々に消え去り、その代わりに、誰かが自分の気持ちを気遣ってくれているという事実から生まれる温かい気持ちに満たされていきます。大切なのは、事実を無理に理解させようとしないこと。その高齢者は、自分の母親が既に50年前に亡くなってしまったことなど知りたくはないのです。それを話したとしても、悲しみや困惑を増長してしまうだけです。
しかし、それは高齢者を騙していることになるのでは、と疑問に思う方もいるでしょう。「彼らが不安に思っていることについて質問をしたり、彼らのそうした気持ちを話してもらったりすることは、騙したり茶化したりすることではありません。むしろそれは敬意を払うことなのです。高齢者のその時々の感情は常に本物です。その気持ちに至る原因が不正確なものであるとしても。だからこそ、高齢者の気持ちをそのまま受け入れてあげることが必要なのです」
施設の中でバリデーションを実践するのに、より多くのお金や時間、スタッフなどは必要ありません。「バリデーションは主に、高齢者との日々の会話の中に自然に取り入れます。何気なくおしゃべりをしながら、話の内容に注意深く耳を傾け、彼らが考えていることを紡ぎ合わせていくのです」。バリデーションを実践する上で介護者は、落ち着いた声で話し、高齢者の体に触れ(但し、認知障害の段階では過度の触れ合いは避ける)、真心を込めたアイコンタクトを保ち、自身できるだけゆっくりと体を動かすことなどを心掛けます。
昼食の時間。入居者の方々が食堂に集まり、思い思いに食事を楽しんでいます。しかし、へリエだけが手をつけず、じっとお皿を見つめています。「へリエ、どうして食べないの?」と介護者の1人がそばに座り、やさしく声をかけます。
「わしはわしの食べ物を待っているのさ」
「あら、食事はあなたの目の前のお皿にのっているわよ」
「そう、でもわしは食べ物がお腹の中まで下りてくるのを待っているんだよ」
「それなら、フォークを持って自分で食べなきゃね」
「だけど、わしは自分でフォークを持ったことは一度もないんだ。食べ物が勝手にわしの口の中に入ってきてくれるからね」
「そう、それはどうやったらそうできるの?」
「分からん。でももしかしたら、誰か食べ物が口の中に入るように決める人がいるのかもしれんな」
「じゃあ、誰かがそう決めればそうなるの?」
「そうさ」
「だったら、私とあなたで、あなたがフォークを手に持って食事を口に入れるって決めるのはどうかしら」
「うむ」
へリエはぎこちなくフォークを握り、食事を口に運び始めます。
「なんだ、こんなに簡単だったのか」
彼は少し驚いたようにあたりを見廻します。
これは、バリデーションがまた一つ、新しい目的を達成した例です。その目的とは、自分が暮らしの“主”のままでいられること。介護者に食べさせてもらうのではなく、自分で食事をすることもその一つです。「認知症の高齢者にとって大切なことは、自分が必要とされること。周りの人から、そして自分自身から。どんなささいなことでもいいのです。彼ら自身ができることを取り上げてしまってはいけません」。
シャスティン・イワノフさんは、スコーネ地方のシェヴリンゲコミューンで認知症介護の責任者を務めています。このコミューンには認知症ケアを行うグループホームが全部で7つあり、各ホーム6~7人が暮らしています。「私たちのスタッフは、研修に参加するなど、バリデーションにとても積極的です」とイワノフさん。研修は1年間かけて行われ、月に1度、ストックホルムのエーシュタ慈善事業婦人会(スウェーデン・バリデーション協会)から講師がやって来ます。日本での講演経験もあるクリスティーナ・テレルードさんは同会の責任者であり、講師でもあります。
「バリデーションは、ただ参考文献を読むだけで習得できるものではありません。高齢者との会話のテクニックを実地で学ばなければ。彼らが、長い一生の間に経験した困難な出来事について介護者に語る時、泣いたり、叫んだり、暴力を振るったり、さまざまな感情・表現で伝えようとします。それらを落ち着いて冷静に受け止める術を学ばなければなりません。常に頭に入れておかなければならないことは、高齢者の混乱した行動の裏には必ず理由があるということ」とテレルードさん。
「認知症は治癒することのできない困難な病気です。私たちの仕事は、高齢者の皆さんができる限り安心して、気持ちよく暮らしてもらうための環境を作り上げることです。バリデーションはそれを実現するすばらしいテクニックだと思いますよ。バリデーションのおかげで、高齢者はもちろん、家族の方々、そしてスタッフたちも以前より自信に溢れ、表情が明るくなりました」。イワノフさんは笑顔でこう締めくくりました。
ナオミ・フェイル女史が開発したバリデーションは、認知症の高齢者とよりよいコミュニケーションを図るためのセラピーの一つ。それは、女史の長年の経験・実践から生まれた「価値観と信念」と「理論と実践」に基づいて行われます。「価値観と信念」は、すべての人はそれぞれユニークな存在であるため、必ずひとりひとり個別に対応しなければならないとすることから始まり、「理論と実践」では、高齢者は最近の記憶をなくしてくると過去の思い出によって判断しようとすることや、目が見えにくくなった時は心の目を使って見続けようとすることなどが説明されます。
その上で、後期高齢者(75歳以上)の高齢者を人生の解決のステージにいる人々と定義づけ、4つの段階に分類し、14のテクニックを紹介します。介護者は、高齢者がどのステージにいるかを判断し、それに適したテクニックを活用することで、コミュニケーションを図ります。
※参考: ナオミ・フェイル著『バリデーション 認知症の人との超コミュニケーション法』(筒井書房)
Q1 協会の活動を教えてください。 私たちはこれまで、スウェーデン全国、約20カ所の介護施設でスタッフのバリデーション研修に関わってきました。ナオミ・フェイルさんは、ご自分が開発したメソッドに対し、著作権を持っています。それは他のメソッドと合わさり、効果が薄れることを防ぐためです。私たちは彼女を協会に招き、協会スタッフのために数回のワークショップを開いてもらいました。その後も研修を続け、私たちはスウェーデン国内にバリデーション研修を実施する資格を得たのです。
Q2 バリデーションを習得する上でのポイントは? 認知症があっても人間としての尊厳を持っていることを理解した上で、介護者はまず、このメソッドについての知識を頭に叩き込みます。次に、その知識を心で理解します。最終的には、このメソッドを自分の手で、日々の行動の中で実行に移します。このステップを私たちは、「頭-心-手」という単語を使って説明しています。使いこなすまでには時間がかかりますが、バリデーションは高齢者はもちろん、介護者自身の身体的、精神的負担をも軽減し、介護者としての誇りを増大する画期的なテクニックであることを忘れないでください。
Q3 日本の介護スタッフにアドバイスはありますか? 日本で行った数回の講演を通して感じたことは、日本とスウェーデンでは高齢者に対する考え方が違うということ。日本では、高齢者がより敬われているように思います。スウェーデンでは年齢や社会的地位に関係なく、高齢者はより平等に扱われています。スウェーデン人は高齢者を敬う心を今以上に持つべきなのかもしれません。一方、日本の皆さんにとって高齢者のあるがままの姿を平等に受け入れることは、その方の年齢や社会的地位が気になり、難しいのかもしれませんね。高齢者を特別ではなく、平等な目で見ること、これは大切です。 また、認知症の高齢者は、子どもと同じような身体的な触れ合いを必要としています。タッチング(触れること)の技術をぜひ積極的に身につけてください。安心してもらうために、控えめにしかし敬意をもって手を握ったり、頬をなでてあげたり、抱きしめてあげたりすること、これが心から自然に行えるようになったら、バリデーションを習得したといえるのではないでしょうか。
引用:TENAKONTAKT(TENAコンタクト)19号