スウェーデンのシルヴィアホームを訪ねて
認知症の正しい知識が、認知症ケアを変える
認知症高齢者との超コミュニケーション法(バリデーション)が広がりを見せるなど、いよいよ本格的な認知症ケアの時代に突入した感がある日本。認知症ケアは世界共通のテーマで、福祉先進国スウェーデンでも早くから研究が進められています。今回は、スウェーデン認知症ケア研究の先駆的グループホーム「シルヴィアホーム」を訪ね、介護哲学や日本へのメッセージなどを聞きました。
ひとりひとりに敬意を払う姿勢
スウェーデン・ストックホルム郊外、その美しさから世界遺産にも登録されている国王ご一家の居城、ドロットニングホルム宮殿の隣の丘に、広い芝生と美しい花壇に囲まれて白い家がたっています。スウェーデンの認知症ケアの先端をいく「シルヴィアホーム」です。シルヴィアホームはシルヴィア王妃を会長に、1996年2月に開設された認知症専門のグループホーム。アルツハイマー型認知症や脳血管性認知症など認知症のタイプ別に、ホーム独自の介護哲学に基づいたケアを実践しています。「認知症であってもその方に、これまで通りの質の高い、尊厳の守られた生活を提供しなければならない。その前提となるのは、彼らひとりひとりに心から敬意を払う姿勢である。これが、シルヴィアホームの考え方です。 認知症は“病気”であり、認知症のある方は“患者”です。訳のわからないことをする、頑固で難しい老人という見方ではいけません。正しい“診断”をすることが大切ですし、認知症という病気を患っている方であるということを周囲の人たちは忘れてはいけないのです」と語るのは、シルヴィアホームで認知症ケアの指導・教育を統括するバルブロ・ベック・フリース教授。
全国各地で活躍するシルヴィアシスター
シルヴィアホームは、認知症の方を対象とする「デイサービス」に特化したケアを提供しています。ストックホルム市内の他の医療・高齢者施設から紹介を受けた方々を毎日、一定数、受け入れています。様々な理由で、特別な認知症ケアを要する方たちがその対象になります。
シルヴィアホームがこのデイサービスに加え、重要な柱と位置付けている活動が、外部の准看護師などを対象に常時開催している認知症ケア研修です。「認知症を患っている人々にQOL(生活の質)の高い毎日を送っていただくにはどのような環境が必要なのだろう。この問題を追求し、見い出した解を研修などを通して広めていくのが私たちの役割です」とフリース教授。教授は、高齢者や病人が尊厳あるケアを受けることの重要性を机上で論じるだけでなく、認知症ケアの各種プログラムを開発し、実践に移したことでその名が広く知られています。
シルヴィアホームはこれまでに、「シルヴィアシスター」と呼ばれる認知症ケアのエキスパートを養成してきました。シルヴィアシスターとは、シルヴィアホームで1年間、認知症ケアの理論と実践を深く学び、認知症ケアの専門資格を取得した人々のこと。そのほとんどは日々、認知症のある方と接触している准看護師です。「スウェーデンの高齢者ケアに従事している約26万人の内、正看護師は5%以下。よって私たちは、すでに高い知識を有し、絶対数も少ない正看護師よりも、その他大多数の、よりご高齢者に近い場所でケアを行っている准看護師の教育から着手するべきだと考えました」。シルヴィアシスターたちは現在、スウェーデン各地のケアの現場で活躍しています(現在、シルヴィアシスターの研修は一次中止しています)。また、シルヴィアホームでは、家族の方も認知症に関する研修を受けることができます。認知症についての正しい知識、認知症の方への敬意や思いやりに焦点をあてた研修を受けた家族は、日々の特殊な欲求に、より的確に、寛容に対応できるようになると言います。
介護哲学の4つのキーワード
シルヴィアホームの認知症ケアの介護哲学は、次の4つのキーワードからなります。
まず、「知識」。介護者は、認知症のある方が示す様々な症状への対処法に関する 正しい知識をもっていなければなりません。例えば、欝状態にある方にも、攻撃的な状態にある方にも、それぞれどのような対応がもっとも適切であるか、常に頭に入れておく必要があります。
2つ目は、「介護チーム」。特に認知症ケアにおいては、介護者はチームを形成し、協力しあうことが大切です。 1人ですべてをやろうとしないこと。他のスタッフや家族と手を取り合ってケアにのぞむことで、その方が本当は何を欲しているのか、的確にわかるようになります。
3つ目は、「家族」。介護者は、その方の家族と親密な接触をもつことで、ケアにおいて力強いサポートを得ることができます。 その方のこれまでの人生についての情報と認知症ケアの新しい知識を融合させることで、さらに質の高いケアが提供できます。
最後は、「その方ご自身」。日々のケアを通して、ひとりひとりと積極的に触れ合い、よりよい関係を築いていくことが必要です。 その関係が良好であれば、ケアそのものが改善されるだけでなく、介護者も自分の仕事に誇りと喜びを発見することができます。
高齢者ケアの仕事はやりがいのある高度な専門職
シルヴィアホームには常時、世界各国から多くの見学者や研修生が集まります。「皆さん、とても熱心に私たちの話に耳を傾け、メモをとられています。日本からも大勢いらっしゃいますよ。日本人を対象とする研修(通訳付き)も最近開始しました」。スウェーデンと日本では、受講者が研修に求めることに違いが見られるとフリース教授は言います。スウェーデンのケアスタッフたちは、薬の処方の仕方やパッド交換のやり方、家族との接触の改善方法など、日々のケアの諸問題に対してより具体的で的確な助言を求めます。一方、日本のケアスタッフたちは、例えば、認知症の方のケアをするスタッフは心的ストレスはどのようにしたら防げるか、人生の最終段階にある人々にどのようにしたらよいケアを提供できるかなどといった、より包括的な内容の研修を求めると言います。
「求める内容に違いはあっても、認知症があっても幸せになってもらいたいという気持ちは、スウェーデンも日本も変わりません。日本の皆さんの問いに正面から向き合い、できるだけ多くの対話をもつことで気づきを提供できたらと考えています。日本社会はよりよい高齢者ケアを実現するための十分な知識をすでにもっていると思いますよ。ただ、認知症ケアという分野では、スウェーデンの方が少し先を歩いているかもしれませんね。とにかく、認知症の方々に日々の生活の中で喜びを感じてもらうことはとても難しい。でも、だからこそ私たちはやりがいを感じ、大きな喜びも得られるのです。高齢者ケアの仕事は誰にでもできる簡単な仕事ではありません。習得するのが難しい専門職です」フリース教授はこう締めくくりました
シルヴィア王妃から認知症高齢者の家族へのメッセージ
認知症ケアに精通しておられるシルヴィア王妃。ご自身のお母さまが晩年、認知症になられたことで、認知症のある方を抱える家族の経験もおもちです。 「家族がまず最初にすべきことは、その方が本当に認知症かどうかを病院できちんと調べてもらうこと。認知症には、正しい治療、正しいケアが存在するのですから。それから、家族は決して、その方を否定したり、多くを求め過ぎたりしてはいけません。その方との間に“調和”を育むことが大切です。「認知症ケアは困難ですが、自分の適切な対応によって、その方が笑ってくれたり、充実した様子をしてくれたりしたときなどは、この上ない喜びを感じることができるでしょう」(シルヴィア王妃談)
(スウェーデンのテレビ番組“生きる意欲”より)
シルヴィアシスターにインタビュー
「ひとりひとりを見つめることで、仕事に“楽しさ”が生まれる」
准看護師のアン・ソフィ・ウルソンさんは2年前、シルヴィアホームで「シルヴィアシスター」の認定を受けました。現在、認知症ケア専門看護師として病院で働く傍ら、いくつかの他の病院で認知症ケアに関する研修の講師も務めています。
患者が笑顔に
Q1シルヴィアホームで教育を受け、認知症ケアに対する考え方は変わりましたか?
私たち介護者が認知症の正しい知識をもち、ひとりひとりの想いやそれまでの生き様までも考慮して接することの大切を知りました。「認知の人」として接するのではなく、個性をもったひとりの人として、その人すべてを「認めること」「受容すること」で認知症の方の安心感は増していくことも認識しました。 「認知の人はみんな大体同じ」「わからないから個別に対応なんかしなくても…」という考えが少しでもあるとすれば、それは大きな間違いです。認知症のある方にこそ、個別ケアが必要です。そして、個別ケアを進めるうちに、ご利用者の方々は笑顔になり、様々な面で私たちを手助けしてくれるようになります。認知症の正しい知識を得たことで、私たちスタッフが高齢者ひとりひとりをよりユニークな存在としてみられるようになった、そして仕事が楽しくなった、これが大きな変化でしょうか。
スタッフ間でぶつかることを怖れてはいけない
Q2そのような考え方をスタッフ全員がすぐに受け入れることができたのですか?
もちろん、「これがここのやり方で、今までもずっとそうしてきたし、わざわざ変えるのは手間だ」などと文句を言う人はいました。そのような人たちに私は、「今までのやり方は、果たしてその方にとってのベストなの? スタッフの都合で作られたやり方なのでは?」と辛抱強く問いかけ続けました。同僚にこんなことを言うのは勇気が必要です。しかし、スタッフルームでのぶつかり合い、議論からすべての変化は始まるのだと思います。
家族の心の負担も軽減
Q3認知症のある方の家族と密なコンタクトをとることの重要性についてはどう考えていますか?
愛する夫や両親が、現実感覚や日常生活に対するコントロールを失っている姿を見るのはつらいことです。また、多くの方々が罪悪感にも悩まされます。このような状況の中で認知症ケアを行っていく取り組みは、その方に少しでも安心感を与えられるような手順や習慣を探し出そうとする試みともいえます。そこで重要になるのは、その方がそれまでの人生をどのように生きてきたかを知ること。それを一番知っているのが、家族です。その方が元気だった頃の思い出を掘り起こし、共にケアの方法を見つけだしていくことで、家族自身も認知症を直視できるようになり、精神的にも落ち着き、明るくなります。
天皇陛下にTENAの快適性をデモンストレーション
Q4最後に、ウルソンさんは日本の天皇陛下に会われたことがあるとか?
シルヴィアホームでの研修が始まってすぐの頃でした。スウェーデンを公式訪問されていた天皇皇后両陛下がシルヴィアホームにお見えになったのです。敬意を表するため黒地の洋服に身を包んだ私は、失禁パッドTENAの交換のデモンストレーションを両陛下の前で行いました。排泄の個別ケアがいかに大切か。そしてTENAはいかにスムーズに交換でき、ご利用者の体にフィットするか。1枚使いでいかに下着感覚に近く、すっきりした外観でその方のプライドをも守れるか。失禁があっても、TENAならいかに「普通」の生活がサポートできるかをお見せしたのです。両陛下は最初、少し恥ずかしそうなご様子でしたが、最後まで熱心に見てくださいました。緊張しましたが無事にやり遂げることができ、すばらしい思い出になりました。
引用:TENAKONTAKT(TENAコンタクト)20号