スウェーデン高齢者施設“現場リーダーの挑戦”
「毎日、仕事に行くのが楽しい」施設へ
きびしい労働環境から、心身の健康を崩し、施設を辞めていくスタッフたち。みんなが快適に働けるように、現場のリーダーとして何かをしたい、でも何をしたらよいのだろう。スウェーデンでも日本でも、悩みは共通のようです。今回は、この課題の解決につながるヒントを探しに、福祉先進国スウェーデンの高齢者施設を訪ねました。そこでは、あるリーダーの着任をきっかけに、労働環境が大きく変化したといいます。
まずスタッフ自身に健康でいようと意識してもらうこと
「立って。座って。立って。座って」。
准看護師ドラーギチャ・トソヴィッチの穏やかなかけ声が、集会室にやさしく響きます。スピーカーから流れているのは、フランク・シナトラの名曲。床には椅子が並べられ、80代のお年寄りたちがスタッフといっしょに、椅子から立ちあがり、座りという動作を音楽にのって繰り返しています。ここは、スウェーデンのヘガネスにある高齢者施設「スタルゴーデン」。現在、約70人の高齢者と、約70人のスタッフが共に暮らしています。
「簡単そうに見えるこの運動も、お年を召したご利用者にとっては結構つらいもの。でも、筋肉を鍛え、元気でいるために、重要な体操です。そして、注目していただきたいのは、私たちはこの体操をスタッフたちにもご利用者といっしょに取り組むよう、勧めていること。スタッフにも“ 健康でいよう”と意識してもらい、その上で体を動かしてもらう。結果、ご利用者の転倒だけでなく、スタッフの腰痛なども防いでいるのです。“双方の心と身体の健康を考える”という視点は、リーダーにとってとても大切です」
スタルゴーデンのユニットチーフ、アネリー・ヨンソンは笑顔で頷きます。スタルゴーデンをはじめ、スウェーデンの高齢者施設の多くは、ご利用者の生活環境はもちろん、スタッフの労働環境の向上にも熱心に取り組んでいます。
施設全体の質をあげるためにリーダーが労働環境を変える
「といっても、2 年前に私がこの施設にやって来たときは、懸命に働くスタッフにとって、環境がよいとは言えませんでした。スタッフは仕事に追われ、さまざまな不安を抱えているようでした。調査したところ、多くのスタッフが “この仕事は大変過ぎる” “長くは続けられない” “仕事に行くのが憂鬱だ” と考えていることがわかりました」とアネリー。
なぜ、みんながこのように思うのだろう。彼女が思い当たったこと、それは労働環境の向上を目的に、取り組みを具体化し、推進していくリーダーがいないという事実でした。
「スタッフだって、“自分たちは大切にされているんだ”と感じることは必要です。スタッフのニーズも汲み取れ、かつ労働環境の向上に興味と熱意をもつ“リーダー”の存在は、施設全体の質をあげていくうえで非常に大切だと思います。リーダーの仕事は、全スタッフが安心して快適に仕事に取り組めるような仕組みを作り、それを全員が明瞭に理解できる形に表し、実際の改善につながるよう、常に気を配ることです」。
自ら労働環境向上のリーダーとなったアネリーはまず、仕事の一部の権限をスタッフに委譲することから始めました。
「“自分の勤務スケジュールは自分で決定する”というルールを設けました。自分のスケジュールを決めるためには、勤務時間について話し合うミーティングに参加し、他の同僚の希望や施設全体の状況に配慮しながら、調整していかなければなりません。そのプロセスを経験することで、スタッフは他のスタッフへの思いやりの心を育て、施設全体の運営のことを考えるようになり、さらに自分の役割を再確認します」。
またアネリーは、ケアの内容や作業手順の決定についても、ご利用者のもっとも近いところで働いているスタッフに任せました。「ご利用者はどんなケアを望んでいるのか、一番よく知っているのは彼らですから」。
さらに、アネリーが力を入れているのが、月に一度の職場ミーティングです。「労働環境について、日頃それぞれが考えている問題点や疑問について、みんなで話し合います。解決策が出ることもあれば、出ないこともある。とにかく、いまどんな問題が施設に存在しているのかを、スタッフ全員で共有することが大切です」。
また、スタッフとの1対1の面接も定期的に行っています。スタッフたちは自分の仕事について意見や不満を彼女に話し、彼女は彼らの仕事について客観的な意見やアドバイスを与えます。「出てくるのは、不満ばかりではありません。例えば、カウンセリングや痴呆ケアなどについてもっと詳しく勉強したいがどうすればよいか、というような前向きな話もよく出てきます」。
スウェーデンケアの底に流れる“自立と協調”
これら仕組みを考え、実践する際、何を拠り所にしているのか、アネリーに聞いてみました。
「“ケアの質の向上は、ご利用者とスタッフ、両方が幸せでなければ実現できない”という考え方です。ではそもそも、人の幸せは何の上に成り立っているのか。それは“個の自立”だとスウェーデンでは考えられています。誰でも、させられるより、自分がしたいと思ってする方が気持ちいいでしょう? 自分が好きななこと、嫌いなことは、自分にしかわからない。だからこそ、物事は“自己決定”によってなされるべきで、そうでなければ、本当の幸せは得られないのです。それは、ご利用者でも、スタッフでも同じ。ご利用者の“ 自分はこうしたい”という思いを大切に、“その方の自己実現を援助する”のがスタッフの仕事です。スタッフも、自分のするべき仕事は自分で決めて、決めた以上は責任をもってやり遂げる。それによって、仕事のやりがい、生きる喜びを覚えるのです。どんな仕事だって、楽しくなければ続きませんよ。ご利用者のためを思って、身を粉にして献身的にお世話しても、無理が出てくる」。
スウェーデンの人々は幼い頃から、学校教育や普段の生活の中で、自分の意見をもつこと、自立することの大切さについて教えられます。また同時に、個は社会(コミューンなど)を構成する一員であり、人々は協力し合い、支え合うことが不可欠で、そのようにして形成された集団、社会は大きな力を生み出すという、協調の重要性も学びます。
「自己決定が基本とはいえ、自分の幸せだけに暴走せず、集団の中での役割を認識し、他人をさりげなく思いやるのは、小さい頃からのこの“自立”と“協調”の教育によるところが大きいかもしれませんね。といっても、スタルゴーデンのスタッフは全員スウェーデン人というわけではありません。スタッフの国籍は現在、12カ国にも及びます。外国人スタッフにも根底に流れるこの基本の考え方を理解してもらうために、例えばスタッフ全員参加のパーティーなど、交流の機会を数多く設けています」。
補助器具を最大限、効果的に活用する理由
「補助器具がなければ、私たちの仕事はかなりつらいものになっているでしょうね」
と語るのは、准看護師のエヴァ・ファーンクヴィスト。スタルゴーデンでは、スタッフがご利用者を持ち上げ、移動させる際に使用するリフトを幾種類も取り揃えています。ご利用者が使いたくないという意思を示した場合を除き、このような補助器具は最大限、効果的に活用するというのがスタルゴーデンの方針です。
「補助器具を使わずにケアする方が、時間がかからない場合だってあるかもしれません。でも、すぐれた補助器具は、私たちスタッフの腰、肩、関節を守ってくれます。スタッフが体を痛めては、ご利用者によいケアは提供できません。自分の体を守るのも、私たちの仕事のひとつです」。
「失禁パッドなど排泄ケア用品についても、私たちは慎重に選んでいます。なぜなら排泄ケアは、ケアの方法によっては、もっとも重労働な仕事になる可能性が高いからです。ご利用者の排泄パターンを無視した、質のあまりよくないパッドを使うと、例えば、尿もれが頻繁に起こり、シーツの交換、洗濯は増え、なによりご利用者が不快のまま1日を過ごさなければならなくなります。夜だって、尿もれを気にして途中でパッド交換のために起こさなければならなくなる。ご利用者にとっても、私たちスタッフにとっても夜の安眠はとても重要です。では、もれなければどんなパッドでもよいかというと、それはもちろん間違いで、ご利用者が下着のような感覚で気持ちよく過ごせるパッド、そして私たちスタッフにとっても扱いやすいパッドであることが大切です。パッドによって私たちの仕事は大変にも、楽にもなる」
エヴァはTENAをなでながら語ります。
スタッフの約95%が「仕事に行くのが楽しい」
スタルゴーデンでは4年前からある取り組みがスタートし、着実に成果をあげています。それは、「脚から健康に」を合い言葉とする“散歩”活動です。
「多くのお年寄りは、体がとても硬い。でも、体を動かすことで元気になることは、ご本人もわかっています。椅子を使って立ったり座ったりの運動や、バーを使ったバランス運動などに力を入れているのはそのためです。でも、それら体操だけでは、ご利用者もスタッフも飽きてしまう。生活の中で自然に、楽しみながら体を動かせることはないか。そう考えて思いついたのが、とても普通のことなのですが、“散歩”です。」とトソヴィッチ。
この散歩には、さまざまな効果があるといいます。
「例えば、ご利用者がしっかりとおなかを空かせることができる。適度に疲れるので、夜も熟睡できる。みんなと共通の体験を分かち合うことで、施設の中ではしないような話をするきっかけもできる。結果、お年寄りが元気になる。ご利用者が元気になり、転倒などの事故も少なくなることによって、スタッフの仕事も軽減される。よい息抜きにもなる。一石何鳥になるのかな?(笑)」。
さまざまな仕組み、活動を取り入れることにより、労働環境の向上に前向きに取り組むスタルゴーデン。いまでは、スタッフの約95%が、毎日仕事に行くのが楽しく、自分の職場の居心地がよいと感じているといいます。
スウェーデン高齢者施設「スタルゴーデン」
リーダー、アネリーの改革「仕事は楽しまなくちゃ」
2年前まで、スタッフの多くが「仕事は大変、行くのが憂鬱」という不安を抱えていたスタルゴーデン。労働環境向上リーダーに着任したアネリーは、さまざまな改革を行い、いまではスタッフの約95%が「仕事が楽しい」と思える施設へと生まれ変わりました。アネリーが行った改革のポイントやアネリーの言葉をまとめました。
労働環境向上に「リーダー」の決定
< リーダーの役割 >
- 現状の把握
- 全スタッフが安心して、快適に仕事に取り組むには、何が必要かをまとめる。
- 推進していくための仕組みを作る。
- 作った仕組みを誰でも明瞭に理解できる形に表す。
- 仕組みが順調に機能し、実際に改善につながっているか、進捗を追う。
仕事の権限を積極的にスタッフに委譲
- 現状の把握
- 自分のスケジュールや担当ご利用者のケア内容などを、スタッフ自身に決めてもらう。
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自分の仕事に対する責任感、他のスタッフへの思いやりの心を育てる。
施設全体の中での自分の役割を再確認してもらう。
- 労働環境に関する職場ミーティング、リーダーとの1対1の面接などを行う。
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労働環境の現状を全スタッフで共有。労働環境に対する意識を常にもってもらう。
アネリー語録
「ご利用者、スタッフ、両方が快適、幸せでなければ、よい労働環境は築けない」
「人の幸せは“個が自立していること” “自分のことは自分で決めること”の上にある」
「高齢者ケアに携わる自分たちの仕事は、“身体的ケア”が50%、“精神的ケア”が50%」
「高齢者ケアの仕事をまず、楽しむこと!」
引用:TENAKONTAKT(TENAコンタクト)22号